モニもぼくも、小さいひとびと用にデザインされた生活から、ふつうの生活にもどってゆく。
サンクスギビングにアメリカへ買い物に行くのくらいから始まって、だんだんもとの生活に帰る予定です。
ふたりで、生活の変更をあれこれデザインするのは楽しいことで、南半球を中心にしたいというモニの意見をいれて、というよりも、夫とは言ってもモニさんのファンのようなものなので、議論の余地はなくて、そんな必要はないと思うというモニさんの意見を尻目に、シドニーにも生活の拠点を作った。
メルボルンとオークランドだけでは、心許ないからで、シドニーが、思いもかけず、でっかい田舎町から大都市になりはじめたのに目をつけて、わざわざニューヨークやロンドン、おパリまで出張らなくても都会の週末が送れるようにしよう、ということです。
シドニーの最大の魅力は、オペラの水準の高さで、モダンダンスやバレーは、それぞれ大陸欧州とニューヨークのほうが好みだが、オペラはシドニーのほうが安定している。もうひとつは、シドニーのほうが、演目にもよるが、観光客が多すぎるニューヨークよりも観客の質が高いので、演じるほうもリラックスしていて、楽しそうです。
クライストチャーチは、ぼくにとっては半分故郷のようなものなので、もちろん、引き払いはしない。
夏に常住する、というわけにはいかなくなったので、キャンパーバンで、南島をうろうろする策動の中心地として利用することにした。
ニュージーランドは、少なくともぼくが見聞きした範囲では、キャンパーバンで右往左往するには、世界じゅうでも最適の国で、まずキャンピングサイトが文句なく世界一である。
広いスペースの、たいていは芝の上にキャンパーバンを駐めて、電源につないで、オーニングと呼ぶ、日よけをクルマから繰り出して、テーブルを広げると、そこにはいきなり一家4人の天国が出現する。
一方で、キャンピングサイトのプールや遊具のあるスペースは、小さなひとびとの社交場でもあって、世界にはいろいろな同世代の仲間がいて、肩を並べて絵本に見入ったり、ハグしあって♡になったり、あるいはケンカをして泣き狂ったりする、良い一生のスタート地点でもある。
クライストチャーチは、日本で言えば、ぼくが大好きな名古屋みたいな地位ではないかと思うが、名古屋よりも自然がぐっと近くて、デニーデン、フィヨルドランドと分け入っていくと、あたりの景色が、地球的なものから、第三惑星系的な、宇宙的な人間の情緒を拒絶するような森林の光景に変わってゆく。
1910年代に、沿岸を航行していた英国海軍の士官や水兵たちが、絶滅したはずの巨鳥モアを目撃したと報告したのも、この辺りで、愛好家が毎年新種を発見するので有名な、バードウォッチングの聖地でもあります。
クイーンズタウンは、開けすぎて、ニュージーランドは観光開発が比較的上手な国なので、土産物屋を林立させて観覧車をぶったててしまうようなバカなことはしないが、妙に高級欧州リゾート風になってしまって、現実にも冬になると、大陸欧州やアメリカのオオガネモチたちが集う場所になって、子供の頃の、あの素朴な風情はなくなってしまった。
湖岸をセグウエイが走りまわり、夜にはひとり2万円というようなお勘定のレストランに人が犇めいて、ハリウッドや欧州のパパラッチたちもうろついて、経済のためにはよくても、あんまりぞっとしない町になったので、隣のアロータウンに別荘を買うべとおもって出かけてみると、むかし3000万円で売りに出ていた、ワインやピザのデリバリーサービス付きの、ちょうど同じ家が2億円になっていたりしていた。
バブルバブルビーなので、なんというか、やりきれない。
ニュージーランドの欠点は、いまもむかしも、何処へ行くにも遠いことで、隣国ということになっているオーストラリアがすでに2400キロというような水平線の遠くで、3時間はかかって、これがたとえばアメリカに行くとなると、ロサンジェルスですら12時間で、欧州に至っては24時間ほども滞空しないと着きはしない。
一回の旅行が長くなるのは、主に、この長時間のフライトがめんどくさいせいで、ニュージーランド人に多いパターンは、だからホテルに1ヶ月滞在する→ホテルではキッチンがなくて不便なのでアパートになる→快適なアパートは一泊あたりはホテルよりも高いので面倒くさくなって不動産として購入する、というのが最も多い。
言い訳をすると、逆に、北半球の冬からオーストラリアやニュージーンランドの夏に移動する味をしめたひとびとも同じで、生前はみな大騒ぎされて来なくなってしまうと幻滅なので黙ってシイィィーということにしていたが、デイビッド・ボウイはシドニーに家を持っていた。
ばれちった人で挙げるとシャナイア・トゥエインやブルネイの王子、サウディアラビアの王族、いろいろな人が、オーストラリアやニュージーランドに家を買って、いっぺん来てしまうと帰るのがめんどくさいので2,3ヶ月ひまをこいて帰ってゆくもののよーです。
アメリカは買い出しに行くにはもってこいの国で、なにしろ世界でいちばん物価が安いのと、どこに買い出しに行けば判りやすい、というのは、例えばフランスやイタリアで買い物に向いているのは、なんといってもランナーや、燭台、ブローチにネックレス、スカーフというような工芸品だが、欧州は相変わらず意地悪な欧州で、最も腕の良い職人の品物は、相変わらずアパートの一室で売っている。
店のサインもなにもない、例の、ただの部屋のような場所で、寸法をとり、好みを訊いて、では、3ヶ月後までに作っておきます、というような商売なので、知らなければわかりにくくて、買い物のしようがないが、アメリカは、そういう所は開明的でよく出来ていて、誰でもわかる目抜き通りに、ティファニーならティファニーの看板を掲げて公明正大に商売する。
その代わり値段が張るものだからといって、ちょっと地球を半周してオークランドまで出張販売に来てくれないか、というわけにはいかないが、どうしたって、アメリカ人の商売のやりかたのほうが現代的であると思います。
以前はオンラインで買っていたが、どういう理由によるのか、どんどんサイトが閉鎖されて、残ったところはインチキな違法商品を売るようになって、例えばUS版のiTunesカードはアメリカ領までいかないと買いにくくなってしまった。
だんだんめんどくさい成り行きになってきたので、今年から、またUSAのクレジットカードを復活させようと思っているが、それにしても、最近はまたテリトリーのマーケティングが厳しくなってきたので、アメリカマーケット向けの商品は、アメリカに出かけて買うのにしくはなし、と考えている。
いちばん近いのはハワイで、ハワイなら9時間もあれば着くが、ホノルルという町は頭で考えているときはいいが、到着すると意外にがっかりな町で、なんでもかんでも安っぽいうえに異様なくらい高い。
オアフの町がそんなに嫌ならせめてマウイ島に行けばいいわけだが、マウイの、たとえばホエーラーズビレッジにいると、買い物は出来なくて、いったいなにをしに来たのだろう、と中途半端な、もやもやした気持になってくる。
来年は2ヶ月ほどもマレーシアに行くことにして、日本語ツイッタで知り合った、ペナン島に住むLANAさんやCCさんに意見を求めたりして、アパートも航空券も予約してある。
何をしにいくのかというと、むかしはシンガポールだったので、シンガポールは物価も安くて、町のひとたちはマジメで、屋台の食べ物がおいしい、最新テクノロジーが充満した良い町だったが、最近は景気が良いのが続きすぎて、なにもかもオーストラリアやニュージーランドなみに、ぶわっかたかくなって、大戸屋の鰺の開きでビールを飲めば2000円を越えて、おまけに嘘までついて手を抜く国民性になってきたので、シンガポール人の友達たちに相談すると、まったくだ、シンガポール人はいまダメなのよ、マレーシアがいいとおもう、というわけで、初見の国に行ってみようといういうことになった。
テーブルの上に世界地図を広げて、ワインを飲みながら、あーでもないこーでもないとモニさんと計画する夜は楽しい。
ニュースを観れば世界は修羅のなかにあって、オートマチックライフルが火をふき、子供は爆撃で傷付き、黒板に砲弾が貫通した大穴が開いた、壁も屋根も吹き飛んでしまった教室で子供たちは勉強している。
奴隷市場で売られ、命からがら逃げ出した少女たちが、声をふりしぼるようにして、自分たちが耐えなければならなかった暴力と性的暴力について述べている。
最近、特に欧州系人だけが並ぶ集まりにいると、オーストラリア人もニュージーランド人も、北半球から離れていることを感謝すると同時に、中東人、アジア人、アフリカ人を警戒する孤立主義に近い感情が強くなっているのを感じる。
またぞろ、人種について言わずに外国人への嫌悪を述べる方便である「外国人の英語は聞きたくない」と口にだして言う人が増えた。
正直に言えば、自分の心のどこかにも、オーストラリアとニュージーランドだけにいて、平穏な繁栄を楽しむだけでええんちゃう?という気持がないとはいえない。
出だしの頃とは異なって、いまは、顔と顔をあわせる用事が出袋すれば、たいていは向こうのほうからこちらへ来てくれる。
自分の都合がよい観察を述べれば、向こうも、客専用のオンスイートで、のんびりして、ニュージーランドのチョーのんびりを楽しんで帰ることを好むもののよーです。
でも、なまけないで、ちゃんと世界を見に行かなければ、とモニと言い合う。
この目で世界を見て、世界に手で触れて、世界と一緒に笑ったり泣いたりするために生まれてきたのだもの。
小さいひとびとと一緒に。
